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神戸地方裁判所 昭和33年(ヲ)495号 決定

申立人(債務者兼所有者)辻八重 外一名

相手方(債務者)山田勝太郎

主文

本件異議の申立を棄却する。

申立費用は、申立人等の負担とする。

事実

申立代理人は、

「当裁判所が相手方(債権者)、申立人(債務者兼所有者)両名間の昭和三十二年(ケ)第二四三号事件につき同年十一月六日別紙目録記載(1) 及び(2) の各不動産に対してなした競売手続開始決定は、これを取り消す。

相手方の同事件の競売申立を棄却する。」

との決定を求め、

その申立の理由として次のように述べた。

「相手方は、申立人等に対し金五十四万五千円の債権があり、その支払に充てるため申立人辻悦子所有にかかる別紙目録記載(1) の土地及び申立人辻八重所有にかかる同目録記載(2) の建物に設定された抵当権を実行すると称し、当裁判所に右土地及び建物の競売を申し立てたところ、昭和三十二年(ケ)第二四三号事件として審理され、同年十一月六日相手方申立どおり競売手続開始決定がなされた。

しかし、申立人等は、相手方に対しさように多額の債務を負担してはいない。申立人辻八重は、相手方から昭和三十二年四月三十日頃金四十四万七百三十円を借り受けたことはあるが、その後金約十万円を返済したので、右債務額に関する相手方の主張をそのまま認めることはできない。また、右債務の弁済期は、一応形式的に定められているが、申立人等が申し入れさえすればそのつど延期される約束であつた。それに、本件の土地及び建物に抵当権を設定したといつても、それは、形式だけであつて、相手方がこれを実行しないという約束も成立していたのである。したがつて、本件の競売物件中右建物は、それ自体独立して所有権その他の権利の対象となるものでなく、登記簿上別個の物件のように表示されている別紙目録記載(3) の建物と綜合して一個の不動産を形成しており、両者の境界線は、階下二帖の間の中央や階段の中途を横切り、浴室とその附属脱衣室を切断していて、本件の建物には炊事場もなく、その二階には右(3) の建物の一部を経由しなければ上れない構造になつているのであるから、かかる一物の一部にすぎない本件(2) の建物についてなされた抵当権設定契約は、無効であり、右抵当権の実行は許さるべきでない。

かようなわけで、相手方の競売申立を認容してなされた本件競売手続開始決定は、違法であるから、これに対し異議を申し立てる次第である。」

相手方代理人は、主文同旨の決定を求め、

答弁として次のように述べた。

「申立人の主張事実中、相手方が申立人等に対する金五十四万五千円の債権の支払に充てるため、申立人辻悦子所有にかかる別紙目録記載(1) の土地及び申立人辻八重所有にかかる同目録記載(2) の建物に設定された抵当権の実行として右土地及び建物の競売を申し立て、昭和三十二年十一月六日これを認容する競売手続開始決定を得たことは、これを認めるが、その余は、すべてこれを争う。

相手方は、申立人等を連帯債務者として、同年四月三十日金五十万円を、返済期限同年五月二十九日、利息年一割八分の約束で貸し付け、その担保として右土地及び建物の上に抵当権が設定されたのであるが、申立人等が右弁済期を過ぎても返済をしないので、右元本金に金四万五千円の約定遅延損害金を加算して、本件競売申立に及んだのである。なお、前記金銭貸借契約には申立人等主張の返済期限延長に関する特約のごときものはなかつたし、また、相手方は、申立人等に対し右抵当権の実行をしないという約諾を与えたこともない。さらに、本件の競売物件たる別紙目録記載(2) の建物とそうでない同目録記載(3) の建物とは、それぞれ独立して所有権、抵当権の対象となり得るものであり、この点に関する申立人等の主張も、根拠のないものである。

よつて、本件異議の申立は、理由がないと考える。」

立証として、申立代理人は、甲第一ないし第三号証を提出し、別紙目録記載(2) 及び(3) の建物の検証の結果、並びに、申立人辻八重本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、

相手方代理人は、乙第一号証を提出し、証人横野近之助の証言を援用し、甲第一号証の成立を認めて、同第二及び第三号証の成立については知らないと述べた。

理由

相手方、申立人等間の当裁判所昭和三十二年(ケ)第二四三号競売法による不動産競売事件の記録によれば、同事件において、相手方は申立人等から連帯して返済を受くべき同年四月三十日付貸付元本金五十万円とこれに対する一定期間の約定遅延損害金四万五千円の支払に充てるため、申立人辻悦子所有にかかる別紙目録記載(1) の土地及び申立人辻八重所有にかかる同目録記載(2) の建物に設定された抵当権を実行すると称し、当裁判所に右土地及び建物を申し立てたところ、同年十一月六日相手方の申立どおりその主張債権額を表示した競売手続開始決定を見たことが認められる。そして、事実同年四月三十日相手方から申立人辻八重に対しいくらかの金員が貸し付けられたことは、当事者間に争のないところであり、また、前記競売事件の記録によれば、申立人辻悦子も申立人八重と連帯して右貸金を返済すべく、その返済期限は、同年五月二十九日と約定され、かつ、この返済債務を担保するため右建物の上に抵当権が設定されたことが明らかである。

しかるところ、申立代理人は種々根拠を挙げて右競売手続開始決定が違法であると主張するので、以下順次判断する。

(イ)  まず、同代理人は、右開始決定に表示された債権額が実際の債権額を超えていると主張するが、元来競売法による不動産競売手続開始決定に通常表示されている債権額は、競売申立の原因となつている質権や抵当権の被担保債権がいかなるものかを一応示すためのものにすぎず、これにより競売申立人の請求し得べき債権額が終局的に確定するわけではないから、表示債権額が過大であるからといつて、競売手続開始決定自体を当然に違法視するのは当らない。

(ロ)  また、同代理人は、右貸金返還債務の弁済期につき申立人等の申入により延期される約束があつたのみならず、抵当権の設定も形式だけで、実行しないという特約が成立していたと主張しており、同申立人本人尋問の結果も、若干右にそうもののようであるが、不明確ではあるし、証人横野近之助の証言との対照上信用することもできず、他に右主張事実を裏付ける資料はない。

(ハ)  最後に、同代理人は、本件の競売物件たる別紙目録記載(2) の建物は、同目録記載(3) の建物と結合して一個の不動産を形成しており、それ自体独立して所有権や抵当権の対象たり得ない構造のものであると主張するが、これらの建物の検証の結果に照らし、右主張もまだ採用の限りでない。すなわち、同検証の結果によれば、右両建物は、現在外観上あたかも一軒の家屋のような形状を呈しているし、内部の構造も、双方に跨つた階段があつたり、浴室と脱衣室とが並んでいながら、境界線がその間を走つていたりしていて、両方が相結合して「朝日館」という一つの旅館を構成しているけれども、元来この両建物は、登記簿上別個の物件として表示されているにとどまらず、それぞれ時期を異にして東西に相接着して建築され、後の建築の際に直線をなす両者の隔壁が撤去されたものであつて、今からでもその気にさえなれば、さして多額の費用を投入しなくても、境界線に沿いあらたな隔壁を設けると共に、階段、押入、洗面所等の比較的小範囲の部分に若干の構造上の変更を加えることにより、両者を分離し、それぞれ独立して支障なく旅館、貸間業等の用に供することが容易であると認められる。したがつて、これら二個の建物は、それぞれ別個に所有権その他の物権の目的たり得るものと解するのが相当であつて、その一方のみに設定された抵当権が当然無効であるとは、到底考えることができない。

してみれば、申立代理人が本件不動産競売手続開始決定に対する異議の事由として主張するところは、すべて理由のないものである。よつて、右異議の申立を失当として棄却することとし、なお、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 戸根住夫)

目録

(1)  神戸市兵庫区福原町十九番の二十二

宅地三十八坪七勺

(2)  同所四番の二地上

家屋番号 十九番の二

木造瓦葺二階建店舗 一棟

建坪 二十坪七合九勺

二階坪 十八坪三合七勺

(3)  同所十九番二十二地上

家屋番号 十五番の二

木造瓦葺二階建店舗 一棟

建坪 十六坪二合五勺

二階坪 十四坪

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